今回は大阪府南河内郡太子町にある西方院です。
新西国三十三所巡礼の第8番札所で、日本最古の尼寺とも言われています。

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西方院の最寄り駅は近鉄長野線の喜志駅です。

大阪方面からだと
大阪阿部野橋駅⇒準急で約25分⇒喜志駅

大阪阿部野橋駅からは河内長野行きと橿原神宮前行きの準急がありますが、河内長野行きの準急に乗ると乗り換えなしで行くことが出来ます。

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近鉄南大阪線の上ノ太子駅からもバスが出ています。

大阪阿部野橋駅⇒準急で約30分⇒上ノ太子駅

こちらは大阪阿部野橋駅から橿原神宮前行きの準急に乗ります。

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先程の喜志駅と上ノ太子駅の間を走っている金剛バスに乗り、『聖徳太子御廟前』バス停で下車します。

※金剛バスは2023年12月に廃止となりました。
現在では近鉄バスが運行を引き継いていますが、貴志駅からのみとなります。

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西方院は『聖徳太子御廟前』のバス停の目の前にあります。
(2020年5月31日までは『太子前』の名称を使用)

バス通りを挟んで聖徳太子の御廟がある叡福寺と西方院があります。

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こちらは叡福寺の南大門の辺りから撮影しましたが、手前の道をバスが通り
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道路の向こう側の石段を登ると
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西方院の山門にに到着します。

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山門をくぐると西方院の本堂が見えます。
(逆光で申し訳ございません…笑)

御本尊は阿弥陀如来像で聖徳太子の手によって作成されたと伝えられています。

他には聖徳太子が二歳の頃の像や、三尼公木像が安置されています。
三尼公木とは
・善信(蘇我馬子の娘)
・禅蔵(小野妹子の娘)
・恵善(物部守屋の娘)
の事で、聖徳太子が死去した後に出家した侍女の三名です。

聖徳太子の御廟がある叡福寺の塔頭として、622年に法楽寺の名前で創建されました。
その後、1639年に現在の西方院に寺名を改めました。

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御本堂の前には花で飾られた美しい花御堂がまつられていました。

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ご朱印の受付は本堂の右側にある納経所で行なっています。

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本堂の左側にあるのは納骨堂です。
こちらには聖徳太子の遺髪が納められています。

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山門から境内に入ってすぐの所にあるのが鐘棲堂です。
納骨された時に鐘を撞きます。

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鐘棲堂の反対にあるのが観音堂です。
十一面観音像を安置しています。

最後までご覧いただきありがとうございます!

<まとめ>
〇アクセス
近鉄バス『聖徳太子御廟前』バス停
⇒すぐ

近鉄バス『聖徳太子御廟前』バス停
⇒すぐ

〇拝観時間
9:00~17:00

〇拝観日
2020年3月19日

〇拝観料
なし

〇札所
新西国三十三所巡礼 第8番
聖徳太子霊跡 第33番
河内西国三十三箇所 第3番

〇駐車場
あり(無料)

※2020年3月19日現在