今回は京都市山科区にある本圀寺です。
琵琶湖疎水の近くにあり、洛中法華21ヶ寺の一つとなっています。


前回の永興寺の前にあった山ノ谷橋を渡らずに、右へ進みます。

途中には桜がきれいに咲いている所もありましたが、それでもまだまだでした。

琵琶湖疎水沿いに進むと朱塗りの橋が出てきますが、この橋を渡らないと本圀寺へは行けません。
ちなみにこの朱塗りの橋は正嫡橋と呼ばれています。

正嫡橋の所に本圀寺の案内があります。
ここまで来ると、あと少しです。

正嫡橋の上からの眺めです。
こちらは少し桜の開花が早いような気がします。


正嫡橋を渡ると見えるのが、本圀寺の総門です。

総門をくぐり右側に見えるのが、人形塚です。
本圀寺では毎年2月・6月・11月に人形供養が行なわれます。


さらに進むと赤が色鮮やかな赤門に到着します。
またの名を開運門と呼ばれるこの門は1592年に加藤清正が寄進したもので、1996年に修復、復元されました。

赤門をくぐると2013年に再建された仁王門があります。


この仁王門には仁王像が安置されています。
画像では前にガラスがあり反射して見にくいですが、筋骨隆々な仁王像はとても迫力がありました!


仁王門をくぐると、本圀寺の大本堂(祖師堂)があります。
とても大きな建物なので、仁王門の外からも撮影しました。
本圀寺は1253年に日蓮により創建されました。
その時は鎌倉の松葉ケ谷に建立した法華堂が本国寺(後に本圀寺に変更)の始まりとされています。
1345年に鎌倉から京都に移転されました。
その時は日静上人の時で、幕府からの支援もあり光明天皇から寺地を賜ると六条堀川に本国寺を構えました。
足利将軍家から庇護を受けたり、御小松天皇から勅願所の綸旨を得ました。
1536年の天文法華の乱では焼き討ちに遭い、堺にある成就寺に避難しました。
その11年後の1547年に、六条堀川の旧地に再建されました。
水戸藩主である徳川光圀がこの本国寺にて生母久昌院の追善供養を行ないました。
その後1685年に光圀は、自らの名から一字を本国寺に与え本国寺は本圀寺と改称しました。
現在の位置に移転してきたのは1969年で、現在に至ります。
本堂には御本尊として三宝尊を祀ります。

大本堂の横にあるのは本師堂です。
立像釈尊像を御本尊としていますが、これは日蓮上人が伊豆法難中に得た仏像で、生涯にわたり持仏としていたものと伝えられています。


この本師堂の前には、九頭竜銭洗弁財天があります。
金色の龍というだけでもご利益がありそうですが、この金の龍が吐く水がこの下に溜まっていてザルがあります。
ここで硬貨を洗うと、金運向上の御利益が得られると言われています。

この九頭竜銭洗弁財天の前には二天門(左)と勅使門(右)があります。
大本堂や本師堂の外に出て撮影しましたが、とても色鮮やかに再現されています。
最後までご覧いただきありがとうございます!
<まとめ>
○アクセス
京都市営地下鉄東西線 御陵駅(T08)
⇒徒歩約20分
○拝観時間
9:00~16:30
○拝観日
2026年3月27日
○拝観料
なし
○札所
洛中法華21ヶ寺
○駐車場
あり(無料)
※2026年3月27日現在