今回は広島市東区にある饒津神社です。
広島城の鬼門の位置にあり、浅野家の武将を祀ります。

鶴羽根神社を出て右に進むと、明星院の前を通り過ぎ突き当たりを左へ進みます。

道なりに右に進むと、饒津神社の境内が見えてきます。

こちらが境内の入口にある標柱です。

標柱縄をくぐるとすぐ右側に被爆松の切り株が保存されていました。
かつてこの饒津神社の参道が松並木となっていて、壮大さがあったそうです。
しかし1945年8月6日の原子爆弾の投下により、社殿はおろか美しかった松並木の松も一瞬で焼けてしまいました。
それでも十数本の松は生き延びていましたが松喰い虫などの影響で次第に枯れ、最後の一本となった松の幹が保存されています。
原子爆弾の恐ろしさを後世に伝える貴重な資料として残されています。

参道を奥に進みます。
現在でも美しい参道でした!

こちらは二の鳥居です。
厳島神社の大鳥居のように四脚鳥居になっています。
こちらも被爆しましたが、2005年に再建されました。

二の鳥居の前には狛犬が鎮座しています。

二の鳥居を越え向唐門までの間に手水舎がありますが、手水舎の裏に恵比寿天像があります。
二葉山山麓七福神では饒津神社は恵比寿天を祀る神社となっています。

拝殿・本殿へ向かいますがその前に向唐門があります。
こちらも被爆しましたが、2000年に再建されました。

向唐門をくぐった所から拝殿を撮影しました。
ここで注目なのが

通常、参道や神門(唐門・中門など)から拝殿や本殿は一直線もしくは直角に建立されていますが、饒津神社のそれは少し斜めに建立されています。

これは直線距離で約1キロ離れた広島城の方を向くように、本殿や拝殿が建立されているとされています。
この饒津神社には主祭神として
・浅野長政
・浅野末津姫(やや)
・浅野幸長
・浅野長晟
・浅野長勲
が祀られています。

こちらが饒津神社の拝殿です。
1589年に広島城は毛利輝元により築城されましたが、1706年に広島城の鬼門にあたる北東に浅野長政の位牌を祀ったのが始まりとされています。
1835年に浅野斉粛が先祖追悼のために現在地に移転させ二葉御社としていましたが、1873年に現在の饒津神社に改めました。

原子爆弾の投下で社殿を失い、多くの被爆者が身を寄せ合ったそうです。
その後、1984年に現在の本殿、拝殿などが復元されました。

拝殿の右側には稲荷神社があり

この辺りから本殿を見ることが出来ます。

最後までご覧いただきありがとうございます!

<まとめ>
○アクセス
山陽新幹線 広島駅
JR山陽本線 広島駅(JR-G01・JR-R01)
JR芸備線 広島駅(JR-P01)
JR呉線 広島駅(JR-Y01)
JR可部線 広島駅(JR-B01)
⇒徒歩約25分

○拝観時間
6:00~18:00

○拝観日
2024年7月5日

○拝観料
なし

○札所
なし

○駐車場
あり(無料)

※2024年7月5日現在