今回は大阪府八尾市にある大聖勝軍寺です。
聖徳太子にゆかりがあり、開基も本尊も聖徳太子です。

大聖勝軍寺の最寄り駅はJR大和路線の八尾駅です。
大阪方面からだと
天王寺駅⇒大和路快速・快速で約5分⇒久宝寺駅
久宝寺駅⇒普通で約2分⇒八尾駅

八尾駅からは南口から大聖勝軍寺を目指します。
タクシーが停まっているロータリーの方へ進みます。

踏切の所にある横断歩道を渡り、左に進みます。

途中には三叉路がありますが、まっすぐ進みます。

八尾駅から10分ぐらい歩くと『太子堂』という大きな交差点があります。
この交差点を右に曲がります。

大聖勝軍寺までの右側に物部守屋の墓があります。

八尾駅から15分ぐらいで大聖勝軍寺に到着します。

境内に入るとすぐ右側にあるのが、守屋池があります。
現在は水がありませんが、かつては秦河勝が物部守屋の首を洗ったとされています。

山門までの右側に聖徳太子像があります。
この太子像の周りには四天王像もありますが、木で覆われていて見えませんでした。

こちらが山門です。
山門をくぐるとすぐに

太子堂とも呼ばれる大聖勝軍寺の本堂が見えます。
587年に聖徳太子が物部守屋との戦いで戦勝祈願を行ない見事に勝利しました。
その戦勝祈願とは四方を護る四天王を祀る寺院を建てるべしというものでした。
そこで587年に大聖勝軍寺の太子堂(本堂)を建立し、594年に推古天皇より大聖勝軍寺の名を賜り創建されました。
その6年後の593年には天王寺に四天王寺を建立し、四天王を祀りました。

本堂の左前には毘沙門堂があります。
ここには信貴山で戦勝祈願を行なった時に現れ、必勝の秘法を授かった毘沙門天像を祀ります。
聖徳太子により作られた毘沙門天像はもう一体あり、信貴山にある朝護孫子寺に祀られています。
聖徳太子が建立した三太子の一つとなっています。
・叡福寺(上の太子、大阪府南河内郡太子町)
・野中寺(中の太子、大阪府羽曳野市)
・大聖勝軍寺(下の太子、大阪府八尾市)

こちらは毘沙門堂の向かいにある平和塔です。
この地で激闘を繰り広げた聖徳太子像と物部守屋像を祀ります。
敵味方関係なく同じところに祀ることで、聖徳太子の理念である『和を以て貴しとなす』が現代にまで受け継がれています。

平和塔の横には神妙椋樹の木があります。
この木は物部氏の大軍に包囲され絶体絶命の危機に陥った時に、真っ二つに割れその空洞に身を潜めた太子はこの危機を乗り切ることが出来ました。
この大聖勝軍寺は山号を神妙椋樹山、寺号を大聖勝軍寺と言います。
山号はもちろんこの神妙椋樹から来ています。

神妙椋樹、平和塔の隣にある六角形の建物は地蔵堂です。
地蔵堂の周りにはたくさんのお地蔵さんが並んでいました。


本堂(太子堂)の左隣りには弘法大師立像があり、その周りには四国八十八ヶ所霊場の玉垣が並んでいます。
最後までご覧いただきありがとうございます!
<まとめ>
〇アクセス
JR大和路線 八尾駅(JR-Q25)
⇒徒歩約15分
〇拝観時間
6:00~18:00
〇拝観日
2021年8月30日
〇拝観料
なし
〇札所
聖徳太子霊跡 第2番
河内西国三十三箇所 第1番
河内飛鳥古社寺霊場 第3番
河内飛鳥七福神(毘沙門天)
〇駐車場
あり(無料、ただし台数は3台程度)
※2021年8月30日現在
聖徳太子というと聖人君子のイメージが強く、戦闘には縁遠いように勝手に思っていましたが、闘いもしているんですね。当然と言えば当然なんですが。勉強になりました。
コメントありがとうございます。
仏教に厚く信仰していたり、十七条憲法の制定など戦闘には程遠いイメージがありますが、特にこの物部守屋との闘いは激しいものだったそうです。
これからもよろしくお願いします。