今回は大阪府羽曳野市にある野中寺です。
聖徳太子建立三太子の一つとなっています。

野中寺の最寄り駅は近鉄南大阪線の藤井寺駅です。

大阪方面からだと
大阪阿部野橋駅⇒準急で約15分⇒藤井寺駅

藤井寺駅からは南口の3番のりばから出発する近鉄バスに乗ります。
『61番 四天王寺大学』『62番、65番 羽曳が丘循環』『67番 大阪府立大学羽曳野キャンパス』『84番 学園前五丁目』行きに乗ります。

本数もかなり多く走っています。

近鉄バスに乗ること約5分で『野々上』のバス停に到着します。
藤井寺駅前からは片道230円で、ICカードが使えます。

『野々上』のバス停から少し戻ると、『野中寺』の交差点があり野中寺を見ることが出来ます。

こちらが野中寺の仁王門です。

仁王像 阿形

仁王像 吽形

仁王門をくぐると正面に本堂が見えます。

こちらが野中寺の本堂です。
かつて講堂があった場所に建てられました。
野中寺は650年頃に聖徳太子の命により蘇我馬子により開基されましたが、渡来系氏族の船氏の氏寺として建立されたという説もあります。

創建された当時に建っていたお堂や塔などは野中寺合戦(延元の戦い)で焼失してしまいましたが、現在でもそれらが建っていた所に礎石が残っているので、「野中寺旧伽藍跡」として国の史跡に指定されています。
また毎月18日には重要文化財の金銅弥勒菩薩半跏像が開帳され、多くの参拝者が訪れます。

野中寺は聖徳太子が建立した三太子の一つとなっています。
・叡福寺(上の太子、大阪府南河内郡太子町)
・野中寺(中の太子、大阪府羽曳野市)
・大聖勝軍寺(下の太子、大阪府八尾市)

本堂までの左側に三重塔跡があります。
周りに12個の礎石があり、中央には心礎が残されています。

かつては東を向くように建てられていました。

参道を挟んで三重塔跡の向かいにあるのが、金堂跡です。
先ほどの三重塔は東向きに建っていましたが、こちらにあった金堂は西向きに建っていたとされそれぞれが向かい合う形でした。

先ほどの野中寺合戦で焼失してしまいましたが、建っていた姿を想像するととても荘厳な境内だったことがわかります。

こちらは金堂跡前にあった伽藍の配置図です。

・四天王寺式伽藍(中門、塔、金堂、講堂が一直線に並ぶ)
・川原寺式伽藍(一つの塔と二つの金堂)
・法隆寺式伽藍(塔、金堂が向かい合う)

のうち法隆寺式の伽藍配置に近いですが、塔と金堂の配置が逆となっています。

こちらの大きな石はヒチンジョ池西古墳の石棺です。
ヒチンジョ池西古墳とは野中寺から南西に1キロの所にあった古墳で、1948年に発見されたのち野中寺の境内に移動されました。
現在では大阪府指定文化財になっています。

ヒチンジョ池西古墳の周辺ではたくさんの古墳があり、世界文化遺産に登録された百舌鳥古市古墳群が拡がっています。
火葬墓がたくさん見つかっていることから、この辺りには渡来人氏族達がたくさん訪れここで埋葬されたと考えられています。

最後までご覧いただきありがとうございます!

<まとめ>
〇アクセス
近鉄バス『野々上』バス停
⇒すぐ

〇拝観時間
自由

〇拝観日
2021年8月30日

〇拝観料
なし

〇札所
西国薬師四十九霊場 第14番
聖徳太子霊跡 第5番
河内飛鳥古社寺 第6番
河内六観音霊場 第4番

〇駐車場
あり(無料)

※2021年8月30日現在